Do you have things you have been postponing? If so, here is a secret weapon: setting 15 minutes apart and just do it! And once the 15 minutes pass, stop!
I read this tip to overcome a writers' block. But believe me, it works for any kind of chores you have been hesitating to tackle.
I had a messy basement with kids toys everywhere. My sons (very athletic 7 years old twins) kept playing as if they did not notice the mess at all. I have kept saying that they needed to clean up their toys if they wanted to keep them. I hinted I would not allow them to play in the basement anymore if they did not clean up. None of my efforts have worked out so far and yesterday it had reached the limit! I could not stand it any more!
So I set a 15 minutes limit and asked my sons to clean up with me. I asked them to sort the type of toys like legos, stuffed animals etc. first, and put them back to the assigned boxed according to the types of the toys. And here you go!! In 15 minutes, we saw a clean clean basement we haven't seen for a month!
If you have a doubt toward this power, try it and experience the magic of the 15 minute-method!!
Wednesday, June 11, 2014
Tuesday, April 29, 2014
「Organize」、「Self-improvement」、「子供の教育」 どのテーマでも、成功の秘訣はみんな一緒、というお話。
私は、Self-improvement(自己改善)とOrganize(片付けや生活管理)のテーマが好きで、よくその手の本を読みます。
前者については、自分の職業的な関心から。また後者は、すっきりシンプルに暮らせたらいいなという思いからです。
先日、突如と感じで、この2つのテーマが訴える究極のメッセージが、実は”同じ”であることに気づきました。(ガガーン)
Organizingの本を読むと、
「なぜ片付けられないのか?」「なぜいつも物があふれてしまうのか?」
こうした問題に対して、「原因は、それぞれの物に対して、収納できる場所を、事前に決めていないからです。」と説明があります。
Self-improvementの本を読むと、
「なぜ私たちは、これをやれば自分の人生が画期的に向上すると分かっていることを、着実に遂行できないのか」という問題に対して、その道の専門家である著者らは、「大事と思うそのプロジェクトに取り組める特別な時間枠を、きちんと1日のスケジュールの中に割り振りなさい。」と指導します。
こうした専門家の指摘ポイントを整理してみて、一見、異なる2つのテーマの成功の秘訣は、その実、2ステップの遂行次第、という考えに行き着きました。
Step1: プラニングの段階でしっかりと時間をとって、自分が納得した改善目標と直結させて、日々実行可能な簡単な行動プランにまで落とし込んだか。
Step2: その行動プランの日々の遂行に、きちんとコミットしているか。
具体的に日常生活のシーンにあてはめると、納得がいきます。
Organizingを考えてみましょう。例えば、居間のイメージです。
机の上は、たんまりお絵描きを楽しんだ子供たちの仕事のざんがいが残っています。
絵を描いたあとの画用紙や色鉛筆は、机の上に放置されています。
もしも、それぞれの遊び道具に対して、事前に、簡単にきちんと戻せる場所や箱が指定されていたとします。この場合には、これらの道具で遊んだ後に、子供が1、2分をとって、決まった指定場所や箱に、使った道具類を戻してさえくれれば、このちらかりは、そもそも発生しないはずです。(うーん。)
次に、Self-improvementの例で、考えてみましょう。
私は、今「ネイティブスピーカーとの対話でまごつかない英語力を身につけたい」という目標があります。例えば、私がこのゴール到達のために、克服すべき一番の弱点が『英語の発音』にある!と、結論づけたとしましょう。この認識から、もしも私が、苦手な母音と子音の発音を割り出して、それを自動的、反復的に学習できるように、適切な材料を入手して、練習時間を、毎日お昼の12:30〜1時までの30分間といった具合に、自分のスケジュールに入れたとします。それを毎日、実行したと仮定しましょう。どうしょうか?1ヶ月後、3ヶ月後、1年後、その積み重ねが発音向上に役立つことは間違いなさそうですね。
公文と格闘中に、目から鱗の体験
この認識をもってもなお、自分自身の課題に対して、Step1&2の実行は難しいものです。
我が事もままならぬ状況であるというのに、先の週末、
このStep1&2が、子供の教育においても、重要なrecurring theme(反復テーマ)であるということに、まざまざと気づいてしまいました。
きっかけは、「公文式学習」です!
アメリカのセントルイスの家の近くに、なんと、日本人の先生がやっている公文式教室があったんです。見つけたときには、なんたる幸運!と思いました。そして早速、子供たちも通わせることにしました。
驚いたことに先生は日本の方で、しかもとても気さくな方。コンピューター科学をご専門に、大学で30年以上も教えていらっしゃいました。既に大学の教職はリタイアされていますが、日本に帰国せずに、今もセントルイスで教室を続けていらっしゃいます。
私の記憶では、公文が負担になったことは無かったので、同じものを期待していたのですが、これが、少々甘かった、、、。
教室に入ってから驚いたのは、お教室が週1回で宿題が皆無だった古き日本の公文とは打って変わって、セントルイスの公文は週2回あり、しかも宿題があります。我が家の子供たちは英語の読解と数学の2教科をとっていますが、先生からは、それぞれの科目で10ページずつ毎日おやりなさい、ということになっています。
しかし毎日、家で10ページをやるのは、正直なところ”とても”大変です。
小学生1年生も、もう1ヶ月で終わる我が子ですが、公文の教材はちょうど1年先の教材。公文でやることの方が学校の算数よりも先行していますから、私が子供2人の宿題を教えたり、答えをチェックしたりせねばらなず、これが結構な労力です。
元々、10ページを15分で終わらせることを目標に置いていましたが、教材が進むにつれ、1時間の上かかることがしょっちゅうとなり、近所の友達と遊ぶ時間や、大好きなサッカーの練習の時間を確保しながら、公文をこなすことが難しくなってきました。
そこで、数ヶ月間から、10ページの宿題量を5ページに減らして、なんとか15分で終わらせよう!という新方針に切り替えました。
うちの子供は絶対、自分から公文式の宿題を家ではやりません。
3回ぐらい、「公文やろうね!」と私が言うと、いやいや始めます。
まだまだ自主的な取り組みとなるには、ほど遠い感じですが、それでも最近は、友達と比べて数学ができることに気づいた様子で、算数のテストのあった日には
お友達よりも早く終わったんだよ!と自慢気に話します。ここ1、2ヶ月の間で、
それまで特に何の得意不得意の感情も持ち合わせていなかった算数に対して、
好き!得意!という気持ちをどうやら抱くようになってきたようです。
私としては、「5枚を10分で出来た!」てな具合に持っていきたいところです。
ただし、苦痛感があると、習慣化は難しいでしょう。
そこで、なんとしたら、早く楽しくできるのかをあれやこれやと考え、
数週間前、公文を、私との対話のやりとりで算数をやる、遊び感覚のある
体験にしてしまうことを思いつきました。そして、とことんママも親子学習の機会と
腹をくくることにしました。
今やっている教材は、3桁のひっ算の引き算。進め方はこんな調子です。
「3−4だとひけないから、13ひく4だよね。さあ、いくつになる?」声を出して、問題を押さえながら、私から声をかけます。子供はつられて「えっと、9」という感じで答え、シートに答えを記入していきます。正解ならば、「出来た、出来た。分かってるじゃないの。」とほめ、間違えたら「ええ、本当かな?」と言って、正解まで粘り強く質問を続けます。
そうです。おっそろしく非合理的です。
公文式の教室に入った時には、すっかり算数指導を全て公文に委託したつもりだっただけに、この手間のかかることには当惑して、「手間をかけるぞ」と腹をくくるまでが何よりもの葛藤でした。
たった5枚の宿題シートですが、それを子供をほって、1時間かけてのろりのろりさせるのと、自分も入って、大声で大騒ぎして10分、8分とスピード感タップリにやり遂げるのとでは、明らかに宿題後、子供の表情が違います。
そしてその表情の違いに気づいたら、もう、やるしかないかな、とついに覚悟を
決めました。
一度、機能する方法を固めたら、あとはやり通す。これは、子供の教育においても、大事な極意なんですね。
5枚やるなら、それがちゃんと出来るように親がコミットする。
このだるいような赤丸付けをここでやり、その場で直し、
できたね〜とやるきを挙げるようにつとめる。
この地道で、私としては、忍耐力を試される努力を
公文1つとっても、きちんとやり遂げられるか、そうした中から
数年後の彼らの自信、さらにいえば、productivity(生産性)の
自分なりの基準みたいなものが作られていくのではないか、
そんな風に今、感じ始めています。
軽い気持ちで始めた公文式でしたが、予想もせぬ形で、子供の教育、勉強にどう自分が関わる必要があるかを考えさせられています。
公文式のがれているのは、先のStepになぞられると、既に学習過程の教材が明解に割り出されており、Step1が提示されている点だと思います。なにせ、問題を理解して、日々のアクションにまで落とし込むこと自体が、普通は、まず一山ですから。
ただし、Step2の無いところには、成果も現れじです。そしてStep2ができるかどうか、公文ではこれは、親子の遂行力にかかっています。
「ママ、もうママの力を借りなくたって、自分で出来るから、ほっておいて!」
なーんて、息子たちが言う日も、そのうちやって来るでしょう。
というか、「一日も早くそう言ってほしい!!」です。
そのためにも、大事なStep2。確かに昨日はできた、一昨日もなんとかやれたわけですが、
じゃあ来週は、来月は?となると、いきなり自信がなくなります。
どのOrganizing本もSelf-organizing本にもないステップですが、私には、自分の心を支え励ます特効薬が必要そうです。
「どうぞ、神様、私が日々覚悟を新たにして、子供が勉強に取り組むごく短時間の時間を共に過ごすことに、喜びを見いだせるような人物となれますよう、お守りください!」
ことのほか疲れていた昨日は、そう思わず、つぶやいてしまいました。でも、そのつぶやきでやらないといけない他のことが山積していることに目をつぶり、気持ちを持ち直して、子供との時間10分に集中することが出来ました。
今日からはStep3として、『神頼み』も足してみることにします。
前者については、自分の職業的な関心から。また後者は、すっきりシンプルに暮らせたらいいなという思いからです。
先日、突如と感じで、この2つのテーマが訴える究極のメッセージが、実は”同じ”であることに気づきました。(ガガーン)
Organizingの本を読むと、
「なぜ片付けられないのか?」「なぜいつも物があふれてしまうのか?」
こうした問題に対して、「原因は、それぞれの物に対して、収納できる場所を、事前に決めていないからです。」と説明があります。
Self-improvementの本を読むと、
「なぜ私たちは、これをやれば自分の人生が画期的に向上すると分かっていることを、着実に遂行できないのか」という問題に対して、その道の専門家である著者らは、「大事と思うそのプロジェクトに取り組める特別な時間枠を、きちんと1日のスケジュールの中に割り振りなさい。」と指導します。
こうした専門家の指摘ポイントを整理してみて、一見、異なる2つのテーマの成功の秘訣は、その実、2ステップの遂行次第、という考えに行き着きました。
Step1: プラニングの段階でしっかりと時間をとって、自分が納得した改善目標と直結させて、日々実行可能な簡単な行動プランにまで落とし込んだか。
Step2: その行動プランの日々の遂行に、きちんとコミットしているか。
具体的に日常生活のシーンにあてはめると、納得がいきます。
Organizingを考えてみましょう。例えば、居間のイメージです。
机の上は、たんまりお絵描きを楽しんだ子供たちの仕事のざんがいが残っています。
絵を描いたあとの画用紙や色鉛筆は、机の上に放置されています。
もしも、それぞれの遊び道具に対して、事前に、簡単にきちんと戻せる場所や箱が指定されていたとします。この場合には、これらの道具で遊んだ後に、子供が1、2分をとって、決まった指定場所や箱に、使った道具類を戻してさえくれれば、このちらかりは、そもそも発生しないはずです。(うーん。)
次に、Self-improvementの例で、考えてみましょう。
私は、今「ネイティブスピーカーとの対話でまごつかない英語力を身につけたい」という目標があります。例えば、私がこのゴール到達のために、克服すべき一番の弱点が『英語の発音』にある!と、結論づけたとしましょう。この認識から、もしも私が、苦手な母音と子音の発音を割り出して、それを自動的、反復的に学習できるように、適切な材料を入手して、練習時間を、毎日お昼の12:30〜1時までの30分間といった具合に、自分のスケジュールに入れたとします。それを毎日、実行したと仮定しましょう。どうしょうか?1ヶ月後、3ヶ月後、1年後、その積み重ねが発音向上に役立つことは間違いなさそうですね。
公文と格闘中に、目から鱗の体験
この認識をもってもなお、自分自身の課題に対して、Step1&2の実行は難しいものです。
我が事もままならぬ状況であるというのに、先の週末、
このStep1&2が、子供の教育においても、重要なrecurring theme(反復テーマ)であるということに、まざまざと気づいてしまいました。
きっかけは、「公文式学習」です!
アメリカのセントルイスの家の近くに、なんと、日本人の先生がやっている公文式教室があったんです。見つけたときには、なんたる幸運!と思いました。そして早速、子供たちも通わせることにしました。
驚いたことに先生は日本の方で、しかもとても気さくな方。コンピューター科学をご専門に、大学で30年以上も教えていらっしゃいました。既に大学の教職はリタイアされていますが、日本に帰国せずに、今もセントルイスで教室を続けていらっしゃいます。
私の記憶では、公文が負担になったことは無かったので、同じものを期待していたのですが、これが、少々甘かった、、、。
教室に入ってから驚いたのは、お教室が週1回で宿題が皆無だった古き日本の公文とは打って変わって、セントルイスの公文は週2回あり、しかも宿題があります。我が家の子供たちは英語の読解と数学の2教科をとっていますが、先生からは、それぞれの科目で10ページずつ毎日おやりなさい、ということになっています。
しかし毎日、家で10ページをやるのは、正直なところ”とても”大変です。
小学生1年生も、もう1ヶ月で終わる我が子ですが、公文の教材はちょうど1年先の教材。公文でやることの方が学校の算数よりも先行していますから、私が子供2人の宿題を教えたり、答えをチェックしたりせねばらなず、これが結構な労力です。
元々、10ページを15分で終わらせることを目標に置いていましたが、教材が進むにつれ、1時間の上かかることがしょっちゅうとなり、近所の友達と遊ぶ時間や、大好きなサッカーの練習の時間を確保しながら、公文をこなすことが難しくなってきました。
そこで、数ヶ月間から、10ページの宿題量を5ページに減らして、なんとか15分で終わらせよう!という新方針に切り替えました。
うちの子供は絶対、自分から公文式の宿題を家ではやりません。
3回ぐらい、「公文やろうね!」と私が言うと、いやいや始めます。
まだまだ自主的な取り組みとなるには、ほど遠い感じですが、それでも最近は、友達と比べて数学ができることに気づいた様子で、算数のテストのあった日には
お友達よりも早く終わったんだよ!と自慢気に話します。ここ1、2ヶ月の間で、
それまで特に何の得意不得意の感情も持ち合わせていなかった算数に対して、
好き!得意!という気持ちをどうやら抱くようになってきたようです。
私としては、「5枚を10分で出来た!」てな具合に持っていきたいところです。
ただし、苦痛感があると、習慣化は難しいでしょう。
そこで、なんとしたら、早く楽しくできるのかをあれやこれやと考え、
数週間前、公文を、私との対話のやりとりで算数をやる、遊び感覚のある
体験にしてしまうことを思いつきました。そして、とことんママも親子学習の機会と
腹をくくることにしました。
今やっている教材は、3桁のひっ算の引き算。進め方はこんな調子です。
「3−4だとひけないから、13ひく4だよね。さあ、いくつになる?」声を出して、問題を押さえながら、私から声をかけます。子供はつられて「えっと、9」という感じで答え、シートに答えを記入していきます。正解ならば、「出来た、出来た。分かってるじゃないの。」とほめ、間違えたら「ええ、本当かな?」と言って、正解まで粘り強く質問を続けます。
そうです。おっそろしく非合理的です。
公文式の教室に入った時には、すっかり算数指導を全て公文に委託したつもりだっただけに、この手間のかかることには当惑して、「手間をかけるぞ」と腹をくくるまでが何よりもの葛藤でした。
たった5枚の宿題シートですが、それを子供をほって、1時間かけてのろりのろりさせるのと、自分も入って、大声で大騒ぎして10分、8分とスピード感タップリにやり遂げるのとでは、明らかに宿題後、子供の表情が違います。
そしてその表情の違いに気づいたら、もう、やるしかないかな、とついに覚悟を
決めました。
一度、機能する方法を固めたら、あとはやり通す。これは、子供の教育においても、大事な極意なんですね。
5枚やるなら、それがちゃんと出来るように親がコミットする。
このだるいような赤丸付けをここでやり、その場で直し、
できたね〜とやるきを挙げるようにつとめる。
この地道で、私としては、忍耐力を試される努力を
公文1つとっても、きちんとやり遂げられるか、そうした中から
数年後の彼らの自信、さらにいえば、productivity(生産性)の
自分なりの基準みたいなものが作られていくのではないか、
そんな風に今、感じ始めています。
軽い気持ちで始めた公文式でしたが、予想もせぬ形で、子供の教育、勉強にどう自分が関わる必要があるかを考えさせられています。
公文式のがれているのは、先のStepになぞられると、既に学習過程の教材が明解に割り出されており、Step1が提示されている点だと思います。なにせ、問題を理解して、日々のアクションにまで落とし込むこと自体が、普通は、まず一山ですから。
ただし、Step2の無いところには、成果も現れじです。そしてStep2ができるかどうか、公文ではこれは、親子の遂行力にかかっています。
「ママ、もうママの力を借りなくたって、自分で出来るから、ほっておいて!」
なーんて、息子たちが言う日も、そのうちやって来るでしょう。
というか、「一日も早くそう言ってほしい!!」です。
そのためにも、大事なStep2。確かに昨日はできた、一昨日もなんとかやれたわけですが、
じゃあ来週は、来月は?となると、いきなり自信がなくなります。
どのOrganizing本もSelf-organizing本にもないステップですが、私には、自分の心を支え励ます特効薬が必要そうです。
「どうぞ、神様、私が日々覚悟を新たにして、子供が勉強に取り組むごく短時間の時間を共に過ごすことに、喜びを見いだせるような人物となれますよう、お守りください!」
ことのほか疲れていた昨日は、そう思わず、つぶやいてしまいました。でも、そのつぶやきでやらないといけない他のことが山積していることに目をつぶり、気持ちを持ち直して、子供との時間10分に集中することが出来ました。
今日からはStep3として、『神頼み』も足してみることにします。
Monday, April 28, 2014
大切にしたいおもい。What change can we make NOW?
カテゴリー:子育て、教育、セルフインプルーブメント、本、やり直し英語、元気の出る言葉、セルフインプルーブメント
久しぶりに、感動する本に出会いました。
題名は「The Promise of A Pencil」。
著者はAdam Braun。学生の時にバックパックで世界中を旅して回った青年(彼自身)が、発展途上国で学校を作るという夢を実現させた話です。
アマゾンで見ると、まだ英語でしか出ていないようですが、私は、この本との出会いから、子育てという大事なテーマに対して、「今自分に何が出来るかしら?」と改めて問いかける機会を得ました。
著者の熱い思いがつまった本です。おすすめです。
著者は、学生時代に東南アジアや南アメリカを旅して、学校がないために教育をうける機会のない子供たちに出会います。そして、そうした子供たちのために学校を作りたいと思い、20代前半でPencils of PromiseというNPOを設立します。まずは1校の建設が目標でしたが、その後、ソーシャルネットワークを利用したPRでこの活動は大きな反響を呼び、なんと6年間で200校(!)を開校します。現在も、90時間に1校というハイペースで新校舎建設を進めています。
私は、Adam Braunのことを、この本を読んで初めて知ったのですが、なんと彼は2012年に、アメリカの情報誌フォーブス(Forbs)が選ぶ「30歳以下の著名人」に、またWiredマガジンの「世界を変える50名」にも選ばれた人物でした。
この本には、自分がやりたい!と心の底から思えるものを探し続け、またいざ見つけとなったら、それに一目散に取り組む著者の姿勢が描かれています。
また、NPOの活動が次第に知られ、支持され、寄付額が増え、組織の活動が大きくなっていく中で、創立者である彼が直面した数々の挑戦と、彼がその挑戦の1つ1つに、どのような気持ちで挑み、又、どんな判断をして、どんな人が手を差し伸べてくれたかが詳しく描かれています。そこには、凝縮したハイペースのNPOの成長があります。
読後、特に2つのことが、心に残りました。
1つは、彼の「ストーリーになる人生を送ろうという」というメッセージです。
もう1つは、学生の時から自分の好きなものを見つけることに懸命に取り組みつづけている、彼の自立した生き方でした。
著者は、小学生の時に自分で大金を稼げる人になると決心して、ファイナンスに興味を持ちます。最初は、近所の家の芝刈りや家具移動を手伝って小金を稼ぐことから始め、その後は、そうした小さな蓄えを元にオンラインでの株投資を行うなど、お金儲けのための努力を続けます。そして、自分は何がしたいのか、どんな風に社会、人の役に立てるのかを考えつづけています。
この幼い時期から、自分の興味を探してやまない姿勢。これは、自分の人生を人任せにしない態度だと思います。さらに言えば、この姿勢は、自分という存在を大事にして、よりよく活かしていこうとする、自分という存在への責任感の現れなのではないかと思うのです。
子供の親である私としては、自分の子供達にも、彼のように自分の人生を尊び、自分がワクワクと心躍る出来事に対して、100%の力を注ぐことをごく当然のこととして出来る人に育って欲しいと、願わずにはいられません。
この思いは、また同時に、「親としての私に一体何が出来るのか」という自分への問いかけとなりました。
この本を読んでいて終始、著者と彼の両親との間には、一筋縄ではいかない、中身のある、長い時間をかけて培われた濃厚な親子の信頼関係があると感じました。そして、そのabsolutely(絶対的)な信頼関係があったからこそ、著者は、前代未聞といわれる挑戦にも、ひるまずにやり遂げられたのだと感じました。
著者の記述からは、両親の存在を全世界の誰よりも信頼を置く、味方として位置づけていることがよく分かります。それは、決して彼の親が子供のイエスマンであったためではありません。
現に、アイビーリーグのブラウン大学を卒業した息子が、NPOに情熱を感じるから、その道に速やかに卒業後進みたいと打ち明けた時には、まずは社会経験を積む事だといって、一流の高給職の方を選択することを強く進めています。この時の親の対応には、一流志向のステレオタイプ的な反応だわ、とちょっと反感をもちました。しかし、彼の両親は、その後の彼の気持ちの葛藤や挑戦に対しても始終寄り添い、最終的に著者が社会人2年目でNPOを起こすと決めた時には、息子の挑戦を誰よりも応援しています。
この絶対的な愛情と信頼関係に培われた親子関係は、どのようにして培うことが出来るのでしょうか。
この疑問に対して思考を重ねた結果、私が至った結論は、とてもシンプルなものばかり。以下のような、親としてはごくごく「当たり前」のことを、日々繰り返す中で生まれる、というか、そうした地道な日々の営みの中からしか生まれ得ないものなのではないか、と感じています。
そしてこのリストを見返して、単純に、これならば自分にも出来る!って思ったんです。皆さんはいかがですか?
本で見つけた、元気の出る言葉を皆さんに送ります。
久しぶりに、感動する本に出会いました。
題名は「The Promise of A Pencil」。
著者はAdam Braun。学生の時にバックパックで世界中を旅して回った青年(彼自身)が、発展途上国で学校を作るという夢を実現させた話です。
アマゾンで見ると、まだ英語でしか出ていないようですが、私は、この本との出会いから、子育てという大事なテーマに対して、「今自分に何が出来るかしら?」と改めて問いかける機会を得ました。
著者の熱い思いがつまった本です。おすすめです。
著者は、学生時代に東南アジアや南アメリカを旅して、学校がないために教育をうける機会のない子供たちに出会います。そして、そうした子供たちのために学校を作りたいと思い、20代前半でPencils of PromiseというNPOを設立します。まずは1校の建設が目標でしたが、その後、ソーシャルネットワークを利用したPRでこの活動は大きな反響を呼び、なんと6年間で200校(!)を開校します。現在も、90時間に1校というハイペースで新校舎建設を進めています。
私は、Adam Braunのことを、この本を読んで初めて知ったのですが、なんと彼は2012年に、アメリカの情報誌フォーブス(Forbs)が選ぶ「30歳以下の著名人」に、またWiredマガジンの「世界を変える50名」にも選ばれた人物でした。
この本には、自分がやりたい!と心の底から思えるものを探し続け、またいざ見つけとなったら、それに一目散に取り組む著者の姿勢が描かれています。
また、NPOの活動が次第に知られ、支持され、寄付額が増え、組織の活動が大きくなっていく中で、創立者である彼が直面した数々の挑戦と、彼がその挑戦の1つ1つに、どのような気持ちで挑み、又、どんな判断をして、どんな人が手を差し伸べてくれたかが詳しく描かれています。そこには、凝縮したハイペースのNPOの成長があります。
読後、特に2つのことが、心に残りました。
1つは、彼の「ストーリーになる人生を送ろうという」というメッセージです。
もう1つは、学生の時から自分の好きなものを見つけることに懸命に取り組みつづけている、彼の自立した生き方でした。
著者は、小学生の時に自分で大金を稼げる人になると決心して、ファイナンスに興味を持ちます。最初は、近所の家の芝刈りや家具移動を手伝って小金を稼ぐことから始め、その後は、そうした小さな蓄えを元にオンラインでの株投資を行うなど、お金儲けのための努力を続けます。そして、自分は何がしたいのか、どんな風に社会、人の役に立てるのかを考えつづけています。
この幼い時期から、自分の興味を探してやまない姿勢。これは、自分の人生を人任せにしない態度だと思います。さらに言えば、この姿勢は、自分という存在を大事にして、よりよく活かしていこうとする、自分という存在への責任感の現れなのではないかと思うのです。
子供の親である私としては、自分の子供達にも、彼のように自分の人生を尊び、自分がワクワクと心躍る出来事に対して、100%の力を注ぐことをごく当然のこととして出来る人に育って欲しいと、願わずにはいられません。
この思いは、また同時に、「親としての私に一体何が出来るのか」という自分への問いかけとなりました。
この本を読んでいて終始、著者と彼の両親との間には、一筋縄ではいかない、中身のある、長い時間をかけて培われた濃厚な親子の信頼関係があると感じました。そして、そのabsolutely(絶対的)な信頼関係があったからこそ、著者は、前代未聞といわれる挑戦にも、ひるまずにやり遂げられたのだと感じました。
著者の記述からは、両親の存在を全世界の誰よりも信頼を置く、味方として位置づけていることがよく分かります。それは、決して彼の親が子供のイエスマンであったためではありません。
現に、アイビーリーグのブラウン大学を卒業した息子が、NPOに情熱を感じるから、その道に速やかに卒業後進みたいと打ち明けた時には、まずは社会経験を積む事だといって、一流の高給職の方を選択することを強く進めています。この時の親の対応には、一流志向のステレオタイプ的な反応だわ、とちょっと反感をもちました。しかし、彼の両親は、その後の彼の気持ちの葛藤や挑戦に対しても始終寄り添い、最終的に著者が社会人2年目でNPOを起こすと決めた時には、息子の挑戦を誰よりも応援しています。
この絶対的な愛情と信頼関係に培われた親子関係は、どのようにして培うことが出来るのでしょうか。
この疑問に対して思考を重ねた結果、私が至った結論は、とてもシンプルなものばかり。以下のような、親としてはごくごく「当たり前」のことを、日々繰り返す中で生まれる、というか、そうした地道な日々の営みの中からしか生まれ得ないものなのではないか、と感じています。
- 子供の親への語りかけに、きちんと耳をかす。
- 子供を1個人として認め、子供の意見を尊ぶ。
- 親としての決定について、出来るだけきちんと決定の理由を説明する。
- 子供と一緒に体を動かしたり、ゲームに興じた入りと、楽しい時間を重ねる。
そしてこのリストを見返して、単純に、これならば自分にも出来る!って思ったんです。皆さんはいかがですか?
本で見つけた、元気の出る言葉を皆さんに送ります。
“The most direct route to happiness is through creating joy for someone else. " By Adam Braun
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